何度も読み返したあの漫画、なんの話だったか思い出せない。

その日僕は真っ暗な部屋にいた。部屋の一面は真っ白な壁で、そこにはスポットライトが当てられていた。
誰かがライトの前になにかを差し出している。それが影となって僕の目の前の壁に浮き出ている。
そのなにかは角度を変え、大きさを変え、いろいろな形の影として僕の目に映る。
それはなんなのだろう。テニスボール?ピンポン球?僕はそれを凝視する。
その誰かは言葉を発することなく、しかし影としてなにかを豊かに表現する。僕はそれを凝視する。
ついに見えた!あれはチュッパチャプスだったんだ。時々食べたりもするのに、なかなか気づかなかったなあ。あの棒はこんなに細かったっけ。あのキャンディって案外大きかったんだ。僕はまだまだそれを凝視する。
誰かはずっとそれを映し続ける。時に大きな真円の影として、時に太い太い鋼鉄のような棒として。
最後に明かりが落とされる。幻灯機のショーは終わる。僕は手を打つ。
部屋の明かりが灯され、少しの間目が眩む。僕はもう帰らなきゃいけない。外に出る。日の光があまねく全てを照らす外の世界。ああ、こんな晴れやかな世界だったっけ。こんな雑然とした世界だったっけ。僕はそんな未視感を覚えながら帰路につく。
それからある日のこと、チュッパチャプスを食べたくなった。お店で手に入れる。帰ってきてよくよく見ると、あの日映し出されていたキャンディとは思えない、ありふれたただのキャンディだ。おかしいな。僕は確かにそれを見て感動を覚えたのだけど。首を傾げながら口に含むと、甘い甘いとろけるような幸せが口に広がった。そうだこの感覚だ。この感動を僕は覚えたんだ。確かにあの日見たキャンディだったんだ。
僕は目を閉じ、あの日のことを思いながらキャンディを口の中で転がし続けた。